Summer fish 一陣の風がなだらかな丘陵を走れば、青草はみな、風の行く先へと頭を垂れる。 五月、 丘の上に二人の男がいる。 座っている青ジャージの摂政が、腕組みをして立つ隣の男に訊いた。 「竹中さんは、海に棲んでたのか?」 否、と、その人魚はうすく笑う。 「見たこともない。 どんな場所かも知れない」 人魚はそう云って、向かい風にきらめく尾びれを優雅にたなびかせた。 「太子は、行ったことがあるのだろう」 「まあね」 太子は頷いた。 「海は、異国にも繋がっているほど広い場所だよ。私が行った隋の国では、この倭国と異なった言葉を話したり、別の生活文化を持った人間たちが、私たちと同じように一生懸命生きてるんだ」 ―太子、君はすばらしいことを学んで帰ってきた。そう竹中は満足そうに頷く。 「それはきっと―、国を治める人間にはなくてはならない見識だ」 「ありがとう」太子は口元をほころばせ、竹中に笑みを返す。 「妹子が言う、勉強というものはほとんどしてこなかったけれど」 「いいのさ。宮廷に篭って書物を読み漁ることだけが勉強ではない」 そうだよね、と太子は再び微笑んだ。 丘の下に広がる平野は、もう田植えの季節で、農民たちが挙って細やかに動いている。 それを見、竹中はぽつりと感想を述べた。 「国が栄えるというのはいいことだな」 「私もそう思う、」と深く頷いて、太子は先刻の疑問を云った。 「―竹中さんは海に行きたいのか?」 ほっ、と息を吐いて、「あるいはそうかもしれない」とその男は云う。 「私の中に眠る先祖の魂がそこを求めているように思う。―こうやって人間の身体は手に入れたけども」 びゅぅう。 先刻よりはるかに強い風が、人魚の男の金の髪を煽る。 「還る場所が要るのだろう」 竹中はたなびく髪を手で押さえた。 それを聞き、「分かった」と太子はどこか自信ありげに答えた。 「近いうちに海に遊びに行こう。妹子と三人で。」 「面白そうだ―、そういえば久しくイナフを見ていないな」 「妹子は時々毒妹子になったりするけど、それでもなかなか面白いやつだから―」 きっと馬が合うよ。そう云って太子はやわらかく笑った。
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