銀河と君と、それから

 

夜ふけのコンビニエンスストアを出ると、じんとした暑さが私の身体を包んだ。
どうやら今夜も熱帯夜らしい。
夜光虫がしきりに飛び交っている。

夜は嫌いじゃない。でも、怖くもある。
学校から一番近いこのコンビニまでは幸いほとんど灯りが絶えることがないし、それに夜には出歩く人も少ない。
だから私はこうして時々買い物に来る。
布団を脱いで、夜の中にTシャツとジーンズだけの身体をさらして歩くと、上半身がどこかスースーする感じがする。
手にさげたビニール袋には、1/3カット野菜とか、歯磨き粉とか、その他諸々が入っていた。
出来合いの食べ物はなぜか最近あまり好きになれない。

このしずかな蒸し暑い夜に、街中にばらまかれた薄青色の電燈が風穴をあけている。

やがて校舎が見えてきた。
さすがにこの辺りになると、中心部から外れて大きな電燈もほとんどないから暗い。
だから怖い。暗闇も怖いし、うっすらと感じる危険も怖い。
でも歩いていかないとね、と夜にそびえる校舎に向かって私は石段を踏み出した。
昼間はなんでもないのに、夜になるとなんでこんな威圧感があるんだろう。まるで悪魔の城みたい、なんて余計な想像までした。

「小森さん!」
いきなり名前を呼ばれてびっくりする。こけそうになって手すりにつかまって、振り返るとそこには糸色先生がいた。
「ダメじゃないですか、こんな夜中に女学生が出歩くなんて」
「そこまで買い物に行ってたんだよ、先生。ほら」
私はビニール袋を持ち上げて見せた。
「それぐらいなら私が行ってきますのに」
「私、夜になら少し出歩けるんだ」
からかい半分に『先生こそどこに行っていたの』なんて訊こうと思ってやめる。

私の横にならんだ先生は、「それ持ちますよ」と私の持っていたビニール袋を代わりに取りあげた。
「しかしいい夜ですね。星がよく見えます」
空を仰いだ先生の横顔は少しほころんでいた。
「先生は星座ってわかるんですか?」
「ううん、専門じゃないのでそこまでは詳しくはないですね。 ……ああ、でも、あの星座ならわかりますよ」
先生は指を天体に向ける。
言われなくても先生がどの星座をさしたのかわかった。
つられて見上げた先には、S字型を描く星の連なりと、先のほうにはとりわけ目立つ赤い綺麗な星。 明かりがないから余計光ってみえた。
「あれはさそり座です。 あの赤い大きな星は、アンタレスですかね」

夜の中にも星の光はあったんだ。
私は何光年も離れた天空のかなたから視線をずらして、隣にいる先生の横顔をじっと見る。
いつの間にか先生の表情はいつもの無表情なものにかわっていた。
「どうしたんですか、小森さん」
私の視線に気付いた先生は私を振り向いて訊く。
「ううん、なんでもないよ、先生。」

ここには未だ広がる底なしの静けさはあったけれど、私は隣にいる先生の存在だけで、これからもちゃんと立っていられるような気がした。



2007.11.8 >>back