『ピンクの似合う男』 私が彼に違和感を覚えたのは、寒い冬の朝の事だった。 「おはようスザンヌ」 「セザンヌだ。いい加減覚えろ」 「わざとだよ」 「知っているから言うんだ。 …?君、」 「何?」 「今日はあのシャツじゃないんだな」 外套の下に着込んでいたのは、いつも着ているピンクのシャツでなく、地味な灰色のセーターだった。 「あ?ああ…。 下に着てる事には着てるよ。でももういい加減寒いし、それにこのシャツ、結構所々破れてんだ。」 「そうか」 「寒がりなんだよ僕は」 「何か防寒具を買えば良いのに」 「君と違って、貧乏なんだ。 でも、何で?」 「いや」 何故だろう こんなに寒いのだから、あんな薄っぺらなシャツ一枚を着ている方がむしろよっぽどおかしいと思うのに。 私は、灰色のセーターを着込む彼に違和感を覚えずにはいられなかった。 「いや、それにしても寒いな」 「何だ、君、手袋も持っていないのか」 「いや、その…。どこかに忘れてきたみたいで。」 「果てしなくバカだな君は」 「なっ、果てしなくとか言うなよ!ついうっかりしてたんだ!!」 「手が荒れたら絵筆が持てなくなるぞ。ポケットに突っ込んでおけ」 「う…わかった」 そして奴は言われた通りズボ、と手を突っ込んだ。私のコートのポケットに。 「おい」 「ん?」 「私は、自分のコートに手を突っ込めと言ったんだ」 「だってそっちの方が暖かそうだと思って…。うわ、何このポケットの中。ふわふわしてる。ふっわふわしてる!!」 「子供みたいにはしゃぐな!やめろ、破れるだろう!!」 実際、私自身もポケットに手を入れていたので、中身はだいぶ狭くなっていた。 無理やり奴の腕を引っこ抜き、私は手を入れ直す。 「あ…。ふっわふわが…」 「やかましい」 「ちくしょーこの鬼畜野郎!!氷の女王!!」 「髭の生えた女王など見た事が無いが…」 「当たり前だ気持ち悪い!!」 「…。」 何だろう 違和感を感じる…。 ===== 「あ」 野外写生の途中、トイレから戻って来ると、セザンヌと擦れ違った。 「君も写生?」 「いや。立ち寄っただけだ」 「ふーん…?」 「じゃあな」 そう言って、あいつは足早に去ってしまう。 「変なやつ…」 イーゼルを置いていた場所に戻ると、絵の具鞄の上に紺色の紙袋が置いてあった。 「……?」 メッセージカードが貼り付けてある。 『アホなルノワール君へ』 そのメッセージに腹が立ちながら、こんな事を書くのはあのセザンヌ野郎しか居ないと思いながら、中身を開ける。 「………手袋?」 30代のオッサンがするには少し可愛すぎる、薄いピンク色の手袋が入っていた。 ===== 「セザンヌーーー!!!」 「…何だ」 「こ、これ、何だよっ!」 「見てわからんか。」 「手袋だって事くらいはわかるわ!! 何で君が、僕の為にわざわざ…」 「別に。 曲がりなりにも画家が手を荒れさせるのを見てるのが、下らないと思っただけだ。」 「な…」 「それに、毎度毎度私のポケットに手を突っ込まれるのも敵わんからな」 「…何でピンク色なんだ?」 「ああ、君の乳首のような色だろう」 「はっ、はぁあ!!?誰もそんな事聞いてないっつの!!ていうか僕のはもう少し色が濃い、じゃなくて!!何言わせんだバカ!!」 「冗談だよ。でも後半は君、自爆していたが」 「う、うるさいなっ!!」 「とにかく、私からの折角のプレゼントなんだ。大切にしたまえよ」 「あっ、おい!」 とにかくこの場から去ってしまいたかった。平静を装うのが大変なのだ。 踵を返し、そそくさと歩を進める私に、また奴が私の名を呼ぶ。 少し離れた距離で、何だ、と振り向いた。 紙袋から取り出したそれを両手にはめて、ぶんぶんと手を振る。 「ありがとな!!たまには気の利く事するじゃないか!!」 子供みたいに笑って、手が千切れんばかりに手を振る。 それに片手をあげて返し、少しだけ口端を吊り上げた。 君の笑う顔と、あのピンクのシャツを見ないと、どうも落ち着かないのだ。 けれどバカな君でもシャツ一枚では風邪を引くだろうから、手袋で妥協しよう。 私はどうやら、そのコントラストがよほど好きなようだから。 「いや、それにしても、本当に」 苦笑を交えた笑いを漏らしながら、私は言った。 「全く、ピンクの似合う男だ。」 ━END |
ダストんベイビィの五百蔵穢暇様から、1万ヒット記念のフリー小説を頂いてきてしまいました!
いいですね印象派は!印象派はいいですね!(興奮)
ルノワールは実際のカラー扉絵でピンクシャツを着ていたそうです。
ピンクが似合うおのこなんてそうそういませんから、ルノはその点でも希少というか、とにかく
すごい奴なんだと思います。(言葉にならない)
穢暇様、本当にありがとうございました!
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