頬を紅潮させたベルさんが、白濁した液体の滴る口元で、蕩けるように僕の名前を呼ぶ。 「ワトソン君」 この人を淫らにしたのは僕だった。 口元だけじゃない、身体のあちこちを汚くさせたのも、唇で吸い上げて体中に小さな赤い花をたくさん咲かせたのも。 「ベルさん」 完璧に満たされた征服欲に歪む唇で、僕も名前を呼んでやった。 彼は喜ぶ。さながら尾を振る犬のように、喜んで僕に言う。 「ワトソン君、ありがとう― ハッ。 一気に夢から覚醒する。 見開いた目には、いつも見上げる、低い天井が映った。 少しだけ眩暈を起こしている。 それもやがて収まると、ワトソンは何も言えずに身体を起こした。 ひどく汗をかいている。 とりあえず酷い夢を見たことだけは思い出せた。 額に指をやって、今に沈もうとしている夢の断片を必死で拾い集める。 ベルさんの夢を見た。ベルさんは幸せそうな笑顔で「ありがとう」と僕に言った。 ―何かが引っかかる。 これ以上深追いはするなと僕の中の何かが警告している。 でも、開きかけた記憶はいまさら戻せなかった。次々と引き出されていく記憶。それら全てが消し去ってしまいたいものだった。 ―ベルさんは、衣服を何一つ身にまとっていなかった。 細い裸体の肩の辺りと、顔面が、記憶の中で白く霞んでいた。 赤い斑点がぽつぽつと見え、彼の病的なほどの肌の白さによく映えている。 ベルさんは、赤く上気した顔で「ありがとう」と僕に言うのだった。 ( 驚くほど欲望に満ちた、どす黒い夢だった。 ) 「ベルさん……」 ごめんなさい、と、伝わるわけでもないのに強く心に思う。 たとえ夢の中だったとしても、僕はベルさんを汚してしまった。 嫌悪感がだけが重く心にのしかかる。 彼に劣情を抱き、あまつさえ反応してしまう自分が信じられなかった。 でも。 ふと思ってワトソンは股間に指を這わす。 そこに触れた感触を知ると、彼はとてつもなくやるせない気持ちになった。 はっきりと分かるくらいに―そこは存在を主張している。 考えとは正反対に、ただ真っ正直に己の欲望のためにはたらく器官。 正直、このごろ少しもて余し気味だった。 何秒かの逡巡のあと、ワトソンは黙って毛布の中にもぐりこんだ。 ズボンをごそごそとまさぐって、つ、と器官を取り出すと、一瞬息が止まる。 心にのしかかる重りが増えることを知りつつ、ワトソンはほぼ事務的に指を動かし始めた。 先ほどの夢のことは全く考えないようにして。 しかし努力もむなしく終わり、先ほどの淫夢は、青年の暴走に一層の拍車をかけた。 わずかに息づかいが荒くなって、頂点を迎えると、波が引くようにすべての感情は終結してしまう。 「……ああ」 最低と言われても文句は言えない。 ――最低最低最低。 脳内に反響する言葉は、想い人の声と重なって青年を傷つける。 「そう、最低だよ、僕は……」 唇からは、半ば自嘲的な呟きが漏れた。 反芻する呪縛から逃れるように、彼は早足でバスルームへ向かった。 next |